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otonanoラジオ 2026年10月12日放送回

目次のサイト > 要約ページ > ラジオ要約 > otonanoラジオ > otonanoラジオ 2026年10月12日放送回

番組概要

この番組では、いま、会って話を聞いてみたいミュージシャンをゲストに迎えたり、いま、紹介したい、ちょっと昔の音楽をかけたりしながら、DJ萩原健太が、リスナーとしてこれまでどのように音楽を聴いてきたのか?感じてきたのか?そんなリスナー目線で、音楽に隠されたストーリーに迫っていく番組です。(引用:radiko)

radiko

※本ページはプロモーションが含まれています。

otonanoラジオ 2026年10月12日放送回の要約

■ この回の聴きどころ

  1. エレベーターから出てきた山下達郎さんに直談判して実現した、デビュー曲「DOWN TOWN」のカバー
  2. 38度の知恵熱でうなされる中、フッと降りてきたという「う、ふ、ふ、ふ、」誕生の裏話
  3. 全国のラジオ番組のジングルを1曲ずつ作って歌いまくった80年代と、カーペンターズからの影響

■ 番組の基本情報
・放送:FMヨコハマ 月曜 深夜0:00〜
・出演:萩原健太/ゲスト:EPO
・聴き逃し配信:radikoのタイムフリーで10月19日まで(エリアフリーはプレミアム会員)

(目次)

■ 内容のまとめ

目次

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  • オープニング:デビュー45周年のEPOさんが登場、80年代のベスト盤を2週にわたって深掘り
  • 2つのベスト盤:少しずつ選曲が違う4枚組と2枚組
  • 「DOWN TOWN」:シュガー・ベイブの名曲を伸び伸び歌う新しい世代
  • デビュー秘話:エレベーターから出てきた山下達郎さんに「今だ!」と直談判
  • 「真夜中にベルが2度鳴って」:山下達郎さん作曲の1曲と、全国のラジオ局のジングルづくり
  • 音づくりのルーツ:カーペンターズと、響きで探す和音の重ね方
  • 都立松原高校の仲間とプロデューサー:清水信之さんのアレンジと、宮田茂樹さんが教えてくれた音楽
  • CMソングと「う、ふ、ふ、ふ、」:38度の熱の中で降りてきたヒット曲
  • 秋のライブ:30代以降の曲で届ける、内面に向かう歌の世界
  • 冬のライブ:ビルボードライブ東京で『EPO Endless Valentine』、GOOD BYE APRILと共演
  • エンディング:ベスト盤2作の紹介と、来週もEPOさんが登場

オープニング:デビュー45周年のEPOさんが登場、80年代のベスト盤を2週にわたって深掘り

今週と来週のゲストは、昨年デビュー45周年を迎えたEPOさんです。先月、1980年代の曲で構成された企画ベスト盤が出たことを受けて、2週にわたって話を聞きます。
今はすっかり島での暮らしが中心で、なかなかタイミングが合わなかったものの、ついにゲスト出演が実現しました。萩原健太さんは、45周年の年にオリジナルアルバム『愛をクーリング』も出していることにもふれました。

2つのベスト盤:少しずつ選曲が違う4枚組と2枚組

ベスト盤は2種類あります。RCAレコードとMIDIレコード、2つのレコード会社で出した作品から選んだCD4枚組の初回生産限定盤と、80年代前半のRCA時代の音源で構成した2枚組です。ディスク1は共通ですが、ほかは選曲が少しずつ違い、4枚組を買えば2枚組の曲が全部そろうわけでもないそうです。萩原さんは、とにかく全部買えということだと笑っていました。
久しぶりに昔の作品を自分で聴き直したEPOさんは、自分が自分のファンになったような気持ちで、いい曲を作ったなと思ったと話しました。

「あの自分のこともう一回好きになりました。」(EPOさん)

萩原さんは、80年代に華やかに活躍したあと、90年代から内省的でセイクリッドな方向へ進んだEPOさんを見て「どうなっちゃうのかな」と思っていたと打ち明けました。EPOさんも、みんなそう思ったはずだと笑います。今は両方の要素を合わせた形で戻ってきて、また初期の音源にふれられるようになった、と萩原さんは話しました。

「DOWN TOWN」:シュガー・ベイブの名曲を伸び伸び歌う新しい世代

♪ DOWN TOWN/EPO

萩原さんにとって「DOWN TOWN」はシュガー・ベイブの名曲で、自分たちの世代を象徴する1曲。それを伸び伸びと歌う新しい世代が現れたことに驚き、アルバム『Park Ave. 1981』で完全に心をつかまれたそうです。テンションの効いたコードや難しいメロディーを明るく歌いこなし、コーラスもかっこいい。70年代の日本の音楽はアメリカに比べて格好良くないと感じていた萩原さんにとって、希望の光のような存在だったと話しました。
EPOさんは、もともとはバンドでも前に立たず、後ろでコーラスをしながら曲を書いてピアノを弾くのが好きだったそうです。

「私元々裏方だったんですよ。」(EPOさん)

プロになって、自分の声を多重録音してハーモニーを作れるのがとても楽しかったと振り返りました。ビーチ・ボーイズ好きのコーラスマニアだという萩原さんは、プロデューサーの宮田さんのコーラスの感覚や、竹内まりやさんの作品でEPOさんがバックコーラスをしていたことにもふれました。

デビュー秘話:エレベーターから出てきた山下達郎さんに「今だ!」と直談判

子どものころから日記のように曲を作っていたEPOさんですが、デビューアルバムの会議で、シングル向きの曲がないという話になりました。もう一度がんばってみるかと言われても、高校を出たばかりでヒット曲の作り方は分からず、途方に暮れていたそうです。
そんなとき、RCAレコードの小さなスタジオの隣でエレベーターのドアが開き、山下達郎さんが出てきました。中学生のころからシュガー・ベイブが大好きだったEPOさんは、「今だ!」という声が聞こえた気がして、今度デビューするEPOです、「DOWN TOWN」をレコーディングさせてください、と直接お願いしたそうです。返事は「いいよ」。萩原さんはその行動力に驚いていました。

萩原さんは、デビューのときにあの曲を持ってきたことは当時のファンの心に強く響き、結果的にとても良かったと話しました。EPOさんも、達郎さんと同じレコード会社だったこと、プロデューサーの宮田茂樹さんが竹内まりやさんや大貫妙子さんなど大好きな人たちを手がけていたことで、とてもいい環境でスタートできたと振り返ります。萩原さんは、竹内まりやさんのレコードで大貫さんも含めた3人がコーラスをしていた「イチゴの誘惑」などを挙げ、女の子のポップスの世界が変わっていく手ごたえを感じたと話しました。

「真夜中にベルが2度鳴って」:山下達郎さん作曲の1曲と、全国のラジオ局のジングルづくり

♪ 真夜中にベルが2度鳴って/EPO

山下達郎さんが作曲したこの曲は、ラジオ局に見立てた1981年のアルバム『JOEPO〜1981KHz』に入っています。アルバムにはコーラスで作ったジングルのようなものも入っていて、そこから全国のいろいろなラジオ番組のジングルを作ることになったそうです。
番組ごとに1曲ずつ作曲して歌いまくり、そのおかげで番組にゲストで呼ばれることもあったとか。今も地方局に行くと、あのときのEPOさんのジングルをまだ使っていると言われるのがうれしいと話しました。

音づくりのルーツ:カーペンターズと、響きで探す和音の重ね方

80年代の初めは、日本のラジオ局のジングルがまだそれほど格好良くなかった時代。海外のFMのような独特の和音の重ね方をどうやって身につけたのかと聞かれ、EPOさんはカーペンターズに大きな影響を受けたと答えました。萩原さんも、カーペンターズのアルバム『Now & Then』にジングルがたくさん入っていることを挙げます。
意外にも、子どものころに習ったピアノはクラシックで、コードという考え方は今もよく分からないそうです。響きを頼りに音を探して重ねているとのこと。ミュージシャンと共通の言葉で話せるよう、45周年の今も勉強中だと笑っていました。

都立松原高校の仲間とプロデューサー:清水信之さんのアレンジと、宮田茂樹さんが教えてくれた音楽

EPOさんといえば都立松原高校。萩原さんは、清水信之さん、この番組にもよく来る佐橋佳幸さんとの3人が象徴的だと話します。EPOさんは、清水さんから直接教わったわけではないものの、仕事ぶりを見てアレンジで大きな影響を受けたそうです。最近昔の音源を聴いていて、これは信之さんだと思ってクレジットを見たらやはりそうだった、という話も。クラシックのような手法のアレンジは今聴いても日本一だと思っていると語り、萩原さんも天才少年だったと応じました。
プロデューサーの宮田さんからは、いろいろな種類の音楽を教わったそうです。FENくらいしか聴いたことがなかったEPOさんに、ブラジルの音楽やフレンチポップスなどを録音して渡してくれて、こんな素敵な世界があるのかと感動したと振り返りました。

CMソングと「う、ふ、ふ、ふ、」:38度の熱の中で降りてきたヒット曲

EPOさんには、CMからの依頼やタイアップがたくさんありました。子どものころからCM音楽が大好きで、山本直純さんや小林亜星さんの作品に親しみ、懐かしいCMの音源を集めたCDを聴いて、サビの作り方などに影響を受けていると改めて感じたそうです。短い時間で心をつかむ曲づくりは、苦しみもあるけれど楽しかったと話しました。

♪ う、ふ、ふ、ふ、/EPO

大ヒットしたこの曲は、締め切りが近いのになかなかできず、知恵熱で38度の熱を出して数日うなされていたときに生まれました。ある瞬間にフッと降りてきて、昔のラジカセにすぐ吹き込み、次の日RCAに持って行くと、みんなが喜んでくれてようやく完成したそうです。

「本当に極限状態だった。」(EPOさん)

こんなに楽しい曲が極限状態から生まれたことを、2人は不思議がっていました。曲づくりについてEPOさんは、「作る」と決めるとそのモードに入るタイプで、いちばん大きいのは言葉だと説明。歌にしたい世界をぼんやり持っているときに作り始めると、メロディーと一緒に言葉やサビが出てくるそうです。

秋のライブ:30代以降の曲で届ける、内面に向かう歌の世界

ベスト盤に合わせたリクエストライブが盛り上がったばかりですが、11月には別のライブもあります。こちらは30代以降、数十年かけて作ってきた曲が中心です。ポップなEPOさんが好きな人も、30歳を過ぎたころから知ったファンもいるなかで、両方を最終的に自分の中でひとつにしたいという思いから、年に2回ほどはポップなライブと、内面にぐっと入っていく歌のライブをしているそうです。
日程は11月13日が渋谷のCLUB ROSSO、11月28日が松山。萩原さんは、90年代以降の曲にも自分が好きなあのコード感が出てくる瞬間があり、そこで盛り上がると話しました。EPOさんは、年齢を重ねるなかでファンの人たちも一緒に連れていきたい、両方の自分を知ってほしいと語りました。

冬のライブ:ビルボードライブ東京で『EPO Endless Valentine』、GOOD BYE APRILと共演

ポップなEPOさんを聴きたい人には、来年1月23日・24日にビルボードライブ東京で『EPO Endless Valentine』があります。清水信之さん、佐橋佳幸さん、そしてGOOD BYE APRILが出演します。
ここ数年この時期に共演しているGOOD BYE APRILについてEPOさんは、シティポップとも言えるポップスのDNAをまっすぐ受け継いでいて、アレンジを丁寧に再現してくれると評価。この1〜2年でめきめき腕を上げたと話しました。萩原さんも、80年代に自分たちが分けて考えていた音楽性を素直に両方受け入れているところがおもしろいと話します。EPOさんによると、超ポップで楽しいライブになりそうです。

エンディング:ベスト盤2作の紹介と、来週もEPOさんが登場

最後に萩原さんは、4枚組の『THE RCA AND MIDI YEARS』と、80年代前半のRCA時代の40曲を選んだ2枚組の『THE RCA YEARS』を、ポップなEPOさんの集大成として紹介しました。まだ聞きたいことがあるということで、来週もEPOさんが登場します。番組のホームページでは、トークを受けて萩原さんが選んだプレイリストも公開しています。
2人の話の続きは、ぜひradikoのタイムフリーで聴いてみてください。

■ ひとことメモ
「DOWN TOWN」のカバーが、エレベーターの前での直談判から生まれたという話は、この回でいちばん驚いたエピソードでした。
萩原さんが当時受けた衝撃を熱く語るので、80年代のEPOさんをリアルタイムで知らない人にも、どれだけ新しい存在だったかが伝わってきます。
清水信之さん、佐橋佳幸さん、宮田茂樹さんとのつながりから、EPOさんの音楽の土台が見えてくる回でもあります。
来週もEPOさんの回が続くので、2週続けて聴くのがおすすめです。

■ この回が好きな人におすすめ
・otonanoラジオ 2026年10月19日放送回の要約(同じくEPOさんがゲストで、80年代の葛藤や今のシティポップブームを語る翌週の回)
・山下達郎のサンデー・ソングブック 2026年9月20日放送回の要約(山下達郎さんが、24歳のころのニューヨーク録音と『SPACY』づくりを語る回)

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