答えを聞きに行った20年――村上龍、『カンブリア宮殿』と最後の「死&生」(連載「希望を探した作家」第3回)
2026年3月26日、テレビ東京『カンブリア宮殿』の最後の出演で、村上龍は「編集後記」に直筆で「死&生」と書いた。『希望の国のエクソダス』で「希望だけがない」国を描いた作家は、21世紀に入ると職業の図鑑をつくり、20年にわたって経営者たちの話を聞いた。連載の最終回は、2003年から、10月17日に74歳で亡くなるまでをたどる。
年表 2003〜2026
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2003 | 『13歳のハローワーク』(絵・はまのゆか)を幻冬舎から出す |
| 2004 | 2月、『13歳のハローワーク』が発売2か月で43万部に。この年のトーハンの年間ベストセラーで総合7位に入る |
| 2005 | 3月、『半島を出よ』(上下)を幻冬舎から出す。野間文芸賞と毎日出版文化賞を受ける |
| 2006 | 4月17日、テレビ東京『日経スペシャル カンブリア宮殿』が始まる。最初のゲストはトヨタ自動車副会長の張富士夫 |
| 2010 | 『歌うクジラ』を出す(2011年に毎日芸術賞)。3月、『新 13歳のハローワーク』を出す |
| 2012 | 『55歳からのハローライフ』を出す |
| 2014 | 6月12日、トヨタ自動車社長の豊田章男が出演し、「編集後記」に「車を愛する人がよい車を作る」と書く |
| 2015 | 『オールド・テロリスト』を出す。2月11日、テレビ東京のフォーラムで、経済番組を続ける理由を語る |
| 2020 | 『MISSING 失われているもの』を出す |
| 2023 | 『ユーチューバー』を出す(遺作) |
| 2026 | 1月16日、テレビ東京が4月からの聞き手の交代を発表する。3月26日、最後の出演。10月17日、自宅で死去(74歳)。10月23日に公表される |
51歳の職業図鑑
2003年、『13歳のハローワーク』が幻冬舎から出た。はまのゆかの絵を添えた職業の図鑑で、2004年2月2日の東京新聞によれば、発売から2か月で43万部を突破している。トーハンの2004年の年間ベストセラーでは総合7位に入り、幻冬舎の訃報の文書は、いまの部数を180万部を超えると記した。
なぜ小説家が職業の図鑑をつくったのか。幻冬舎の編集者、石原正康は、全国大学生協連の冊子『読書のいずみ』の座談会で、そのいきさつを明かしている。石原によれば、2000年ごろ、村上龍は、中学校の先生と保護者が論争するNHKの教育番組に出演した。実りのないやり取りが続くなかで、村上龍は、子どもたちが手に職をつけて食べていけるようになれば幸せだろう、と考えたという。それが、この本のそもそものきっかけだった。
石原の話には続きがある。『半島を出よ』の取材の途中、ソウルのホテルで村上龍がパソコンで職業を調べているのを見た石原は、幻冬舎でチームを作って職業を調べることを持ちかけ、600以上の職業を調べ出していった。その『半島を出よ』は2005年に上下2巻で出て、野間文芸賞と毎日出版文化賞を受けた。職業の図鑑と次の長編は、同じソウルの取材の中で並んで進んでいたのである。
題名の「13歳」について、村上龍は同じ東京新聞のインタビューで「直感で13歳と設定した」と述べ、高校生が読んでもフリーターが読んでも読むに堪える内容だ、と話した。2005年、公式サイトの開設に寄せたインタビューでは、『トパーズ』と同じ作家の仕事とは思えないという声もあったと認めている。そのうえで、作家のイメージにはほとんど興味がないと答え、「伝える価値のある質の高い情報を発信できているかが問題」だと語った。
第1回で見たとおり、村上龍は子どものころから、何かで稼がなければいけないと考えてきた人だった。ここから先は筆者の見立てだが、職業の図鑑は、佐世保の子どもが抱えていたどうやって食べていくかという問いを、51歳の作家が次の世代に向けて書き直したものだったのではないか。
最初のゲストはトヨタ
2006年4月、テレビ東京で『日経スペシャル カンブリア宮殿』が始まった。54歳の村上龍は、小池栄子とともに、経営者を中心とするゲストを迎える番組の聞き手を務めることになる。
番組の公式サイトによれば、4月17日の最初の回のゲストは、トヨタ自動車副会長の張富士夫だった。それから約9年後の2015年2月11日、村上龍はテレビ東京ビジネスフォーラムのトークショーで、そのときのことを明かしている。構成作家から、これではトヨタのいいところだけを紹介する番組になるがいいか、と言われ、5秒くらい考えてから「いいです」と答えたというのだ。
了承した理由として村上龍が挙げたのは、バブル以降は衰退していく企業のほうが多く、成功している企業はいまや少数派だ、ということだった。だからこそ、その成功の要因を、一般的なものと独自のものに分けて紹介する意義がある、と考えたのである。同じトークショーで、村上龍は小説についても、少数派の人たちの言葉にならない声を翻訳して物語にするのが小説だと思っている、と語った。
ここから先は筆者の見立てだが、この2つの発言は、この連載の見方と重なっている。小説は、言葉にならない少数派の声を物語にする。番組は、うまくいっている少数派の企業から、その理由を聞き出す。日本の行き止まりを書く仕事と、その出口を聞く仕事は、どちらも少数派に耳を澄ますという点で、1本の線の上にあったのだと筆者は考える。
「車を愛する人がよい車を作る」
番組の最後には、村上龍がその回ごとの思いを直筆でしたためる「編集後記」があった。2014年6月12日にトヨタ自動車社長の豊田章男が出演したとき、村上龍はそこに「車を愛する人がよい車を作る」と書いている。
オリコンニュースによれば、2026年3月26日の最後の出演回で、豊田はメッセージを寄せ、この言葉がそれ以降の自分のぶれない軸になったと語った。村上龍のほうは、一度は覚えていないとおどけてみせたという。12年前に書いた1行は、受け取った経営者の側で、12年のあいだ軸になっていたのである。
20年、一度も休まず
テレビ東京の追悼のコメントによれば、村上龍は2006年から今年3月までの20年間、一度も番組を休むことなく、経営者を中心に延べ1,000人を超えるゲストをスタジオに迎えた。そのあいだも小説は書き続けた。『歌うクジラ』(2010年、翌年に毎日芸術賞)、『55歳からのハローライフ』(2012年)、『オールド・テロリスト』(2015年)、『MISSING 失われているもの』(2020年)が、この時期の長編である。幻冬舎の文書によれば、2023年の『ユーチューバー』が遺作になった。
2026年1月16日、テレビ東京は、4月から番組の聞き手が金原ひとみとヒャダインに代わると発表した。番組のチーフプロデューサー小林史憲は、その発表で1つの縁を紹介している。金原のデビュー作『蛇にピアス』の解説を村上龍が書き、村上龍の『ユーチューバー』の解説を金原が書いていたことを、小林は「運命的な“物語”」と呼んだのである。金原が2004年に芥川賞を受けたとき、村上龍はその選考委員の1人だった。
「死&生」
最後の出演は、2026年3月26日(木)の放送である。オリコンニュースによれば、その回の「編集後記」で村上龍は、20年でもっとも印象に残ったゲストとして、ユニバーサル園芸社会長の森坂拓実を挙げた。森坂は小学生のころに死への恐怖に取りつかれ、そのせいで逆に行動的になったという。村上龍はその話を紹介したうえで、直筆で「死&生 村上龍」と書いた。
テレビ東京は追悼のコメントで、村上龍が最後まで作家としての独自の美学を表現した、とたたえている。勇退にあたって村上龍が残したのは、「作家は、死なず、ただ立ち去るのみ」という言葉である。
2026年10月17日、村上龍は自宅で亡くなった。74歳だった。訃報を受けて、芥川賞の選考委員をともに務めた作家の島田雅彦は、公式Xに「あなたが書くスケールの大きい人騒がせな小説が大好きでした」と書いている。在日フランス大使館も、多くの作品がフランス語に訳され、世代を超えてフランスの読者を感動させたと悼んでいる。
行き止まりと出口
佐世保で、何かで稼がなければいけないと思っていた子どもは、仕送りを止めると言われて小説を書き、24歳で芥川賞を受けた。バブルのころにはアナーキーな小説を書き、停滞に入った国を描いた長編では、登場人物に「希望だけがない」と語らせた。そして最後の20年は、成功している少数派の企業の経営者たちに、その理由を聞き続けたのである。
ここから先は筆者の見立てだが、村上龍は、日本の行き止まりを小説で書き、その出口を『カンブリア宮殿』で経営者たちに聞いたのではないか。作品を予言と呼ぶ必要はない。同じ問いを、50年かけて小説とテレビの両方で問い続けたことのほうが、よほど確かな事実だからだ。
最後に書いた3文字は、「死」から始まり、「生」で終わっている。希望を探した作家が、20年の聞き手の仕事の最後に残したのは、その3文字だった。
連載「希望を探した作家」
- 第1回 基地の街から芥川賞へ――村上龍、『限りなく透明に近いブルー』まで https://mokujinosite.com/2026/10/29/2026-10-28_4/
- 第2回 「希望だけがない」国を書く――村上龍、『コインロッカー・ベイビーズ』から『希望の国のエクソダス』まで https://mokujinosite.com/2026/10/29/2026-10-28_5/
- 第3回 答えを聞きに行った20年――村上龍、『カンブリア宮殿』と最後の「死&生」(この記事)
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