TOKYO SPEAKEASY 2026年9月24日放送回
番組概要
『TOKYO SPEAKEASY』は、TOKYO FMとジャパンエフエムネットワークが制作、JFN系列各局で放送されている深夜のラジオ番組である。(引用:wikipedia)

※本ページはプロモーションが含まれています。
TOKYO SPEAKEASY 2026年9月24日放送回の要約
■ この回の聴きどころ
- 40年前に提供した『ニュースにならない恋』を、Chageさんと早見優さんがついにデュエット
- 「CHAGE and ASKA」という名前が生まれたいきさつと、略されなかったChageさんの名前
- 米づくり5年目のChageさん。田んぼの仲間と生まれた新しい曲
■ 番組の基本情報
・放送:TOKYO FM 木曜 深夜1:00〜2:00
・出演:Chage、早見優/語り:國村隼
・聴き逃し配信:radikoのタイムフリーで10月1日まで(エリアフリーはプレミアム会員)
(目次)
■ 内容のまとめ
オープニング:深夜1時の思い出と、旅先の地酒
Chageさんは昔、深夜1時からの生放送のラジオ番組を担当していたそうです。お酒の話では、ワインが好きな早見優さんに対して、Chageさんは、ギター1本で全国を回る旅「ずっと細道」で、ライブのあとにその町の地酒を飲むのが楽しみ。同じ日本酒でも全部味がちがう、と話します。
早見さんは、自分の歌に25時という言葉が出てくるので、この時間帯にあこがれていたそうです。2人が一緒に電波にのるのは、何十年ぶりとのことでした。
40年越しのハモり
Chageさんの新しいアルバムは、いろいろな人とのコラボ作品です。1986年に早見さんに提供した『ニュースにならない恋』で、なぜ自分がハモらなかったのかが、ずっと心残りだったそうです。
「でやっと今回その小骨が取れて、もう素敵なね、優ちゃんの歌に私ハモることができてね。」(Chageさん)
早見さんは、Chageさんが5〜6年前からこの曲を自分のコンサートで歌っていたと聞いて驚いたそうです。新しいアレンジは、本当に新曲のように感じたと話していました。40年前、テレビで早見さんがこの曲を歌うのを見たChageさんは、俺の曲だ、と仲間を集めて喜んだとか。
1980年代のテレビとCMソング
2人はよく、歌番組で一緒になっていました。早見さんの『夏色のナンシー』は、先にコーラのCMが決まり、作曲の筒美京平さんがサビだけを録った音源をカセットテープでもらったそうです。一家にテレビが1台の時代だったので、CMが流れると次の日には学校で話題になった、と2人でうなずき合います。
作詞家の歌詞も、若いころはピンとこなかったけれど、今回は心に入ってきた、と早見さん。年を重ねたからこそ分かることがある、という話のあと、早見さんの曲紹介で曲が流れました。
♪ ニュースにならない恋 40th Anniversary Edition/早見優とChage
「CHAGE and ASKA」の名前の由来
アマチュアのころは「ChageとASKA」と名乗っていましたが、ラジオでCHAGE and ASKAと紹介されたのがかっこよくて、その名前にしたそうです。早見さんは、松本伊代さん、森口博子さんと3人で10年ほど舞台をしていて、略して呼ばれたら成功だと話します。するとChageさんが、自分の名前だけは略されていないことに気づきました。
「しかし誰がチャゲアスって言い出したのか、僕一言も抜けてないんですよ。」(Chageさん)
Chageさんのアート展
早見さんは、先日Chageさんのアート展を見に行きました。旅先で作家さんの工房をたずねるうちに、全国の作家さんと作品展を開くことになったそうです。Chageさんは、メンバーから借りた本物の楽器に、下書きなしで絵を描きました。刺激を受けた早見さんが描いた馬の絵は、Tシャツになることになったとか。
歌いたくない時期もあった
60歳を節目に、あと10年やってみようと決めたChageさん。その10年が楽しすぎるそうです。早見さんは、昔は『夏色のナンシー』を歌いたくない時期があったと打ち明けます。Chageさんも、夏の歌を歌いたくない時期があったと共感し、今はどちらも、全部ひっくるめて歌いたいと話していました。
来年45周年の早見さんは、47都道府県の小さな会場でライブをしたいそうです。ギターが弾けないと言うと、Chageさんが、弾きに行ってもいい、と名乗り出ていました。
音楽の原点は、ビートルズ
Chageさんは14歳のとき、深夜放送で流れたビートルズの曲を聴いて、意味も分からないのに泣いたそうです。デビューが決まったとき、10歳上のおじさんが、大切にしていたビートルズの武道館公演のチケットを、お守りにとくれたとか。早見さんも、ウイングスから入ってビートルズを知ったと話していました。
米づくり5年目と、田んぼから生まれた曲
Chageさんは、愛知県の豊根村で米づくりを続けて5年目。機械を使わずに手で植え、鎌で刈るそうです。一緒に作業していた吉田山田の2人に、本名が柴田だと話したら、田んぼの「田」がついている、と盛り上がり、3人で米も歌も作ることになりました。それがアルバムに入っている『ハレバレ』です。早見さんも、3月に出した新曲を福岡の糸島で録音したと話していました。
コロナを越えて
コロナのころ、イベントが全部なくなって落ちこんだという早見さんに、Chageさんは、音楽は死ななかった、と返します。最近は能舞台に立ち、足袋をはいたら気持ちが引き締まったそうで、600年続く世界のすごさを感じたと話していました。
エンディング:10月4日のライブと、これから
早見さんは10月4日、Zepp DiverCityで開かれるChageさんのライブに出演します。ジャズシンガーだったお父さんの影響で、最近はジャズも歌っているそうです。
「歌は歌えるまで歌います。」(Chageさん)
いつか一緒に何かやりたいね、という約束のあと、國村隼さんの語りで締めくくられました。
続きのやりとりは、ぜひradikoのタイムフリーで聴いてみてください。
■ ひとことメモ
40年前の曲に、ようやくハモりを入れられたというChageさんのうれしそうな声が印象に残る回でした。
1980年代の歌番組やCMソングの思い出話は、当時を知る人にはなつかしく、知らない人には新鮮に聴けます。
年を重ねたからこそ楽しい、という2人の話は、同世代の人にこそ聴いてほしい内容です。
■ この回が好きな人におすすめ
・TOKYO SPEAKEASY 2026年9月23日放送回の要約(前の日に、酒井法子さんが早見さんとの前回の共演にふれた回)
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