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TOKYO SPEAKEASY 2026年9月29日放送回

目次のサイト > 要約ページ > ラジオ要約 > TOKYO SPEAKEASY > TOKYO SPEAKEASY 2026年9月29日放送回

番組概要

『TOKYO SPEAKEASY』は、TOKYO FMとジャパンエフエムネットワークが制作、JFN系列各局で放送されている深夜のラジオ番組である。(引用:wikipedia)

radiko

※本ページはプロモーションが含まれています。

TOKYO SPEAKEASY 2026年9月29日放送回の要約

■ この回の聴きどころ

  1. ニコニコ動画で「ラスボス」と呼ばれた日。小林幸子さんは最初、その意味を知らなかった
  2. 9歳で古賀政男さんのレッスンへ。ドアを開けて入ってきたのは美空ひばりさん
  3. ピコ太郎×小林幸子のコラボ曲。古坂大魔王さんが語る、ギャグとメロディーの関係

■ 番組の基本情報
・放送:TOKYO FM 火曜 深夜1:00〜2:00
・出演:小林幸子、古坂大魔王/語り:國村隼
・聴き逃し配信:radikoのタイムフリーで10月6日まで(エリアフリーはプレミアム会員)

(目次)

■ 内容のまとめ

目次

Toggle
  • オープニング:出会いはピコ太郎になる前
  • ニコニコ動画で「ラスボス」に
  • 守らずに、新しいものを取りに行く
  • 子どものころに見た小林幸子さん
  • お笑いを目指したきっかけ
  • 9歳で古賀政男さんのレッスンへ
  • ギャグには、メロディーが入っている
  • 雑多な音に囲まれた子ども時代
  • 物づくりとミックスの話
  • 47都道府県の曲から、新潟県と青森県
  • アドリブと、ラジオのよさ
  • エンディング

オープニング:出会いはピコ太郎になる前

2人が出会ったのは15年以上前、古坂大魔王さんがまだピコ太郎をプロデュースする前でした。当時の古坂さんは音楽の仕事を始めたばかりで、お笑いの仕事がほとんどなく、アイドルのイベントの司会をしていたそうです。小林幸子さんの第一印象は、背が高くてかっこいい人、でした。

ニコニコ動画で「ラスボス」に

小林さんは、スタッフにすすめられて、よく知らないままニコニコ動画の生放送に出演しました。あいさつをすると画面が数字の8で埋まり、意味が分からなかったそうです(あとで拍手の意味だと知ります)。歌うと、ラスボス、というコメントが流れ、司会者にそう呼んでいいか聞かれて、意味を知らないまま、どうぞ、と答えてしまいました。

「なんだ、悪い奴じゃない、私!やだー!」(小林さん)

次の日には、高校生にラスボスだと声をかけられたそうです。古坂さんは、ネットの歴史に残る大事件だと笑っていました。

守らずに、新しいものを取りに行く

コラボ曲を出したあとの反響は大きく、AIやテクノの人、お笑いの人の間でも話題になったそうです。古坂さんは、長年やってきた人なら守りに入るのが普通なのに、小林さんは新しいものを取りに行く、と感心します。小林さんは、同じことのくり返しが嫌で、面白いと思う感覚に従いたいと話しました。
曲をお願いしたとき、ちゃんとした曲より、いちばん変な曲にして、と言われたそうです。

「どっかにトゲ、いい意味でも悪い意味でもトゲがないと、歌はヒットしないんですよ。」(小林さん)

子どものころに見た小林幸子さん

古坂さんは子どものころ、ドリフターズのコントに出る小林さんを見て、女優さんだと思っていたそうです。古坂さんの子どもたちは、小林さんが歌ったポケモンの映画の主題歌をカラオケで歌っているとか。超一流の人ほど低姿勢だ、と古坂さんが小林さんの人柄をほめる場面もありました。

お笑いを目指したきっかけ

古坂さんは小学3年生のころ、ビートたけしさん、大橋巨泉さん、アントニオ猪木さんが話す番組を見て、いちばん場を仕切っていたのがたけしさんだったことに衝撃を受けたそうです。たけしさんの方が猪木より強い、と感じたのが、お笑いを目指すきっかけでした。

9歳で古賀政男さんのレッスンへ

小林さんは9歳のとき、作曲家の古賀政男さんに見いだされました。初めてレッスンに行った日、ドアを開けて入ってきたのが美空ひばりさんだったそうです。ひばりさんは、無邪気でかわいらしい人で、小林さんを、お幸、と呼んでいたとか。
古坂さんは、母親がひばりさんの大ファンで、家のレコードはほとんどひばりさんだったそうです。古賀先生からは、歌で情景を見せるのが歌い手の仕事だと教わった、と小林さんは話していました。

♪ 超楽しい feat. MIMI/T-STONE

ギャグには、メロディーが入っている

古坂さんは、ギャグは文字で見るとつまらないけれど、タイミングと顔で笑わせる、ある意味の歌なのだと話します。コラボ曲の歌詞は都道府県を並べただけなのに、聴き終わると日本を思って涙が出る、と古坂さん。小林さんも、自分の県が出てくるのを待つうちにじんとくる、と言われるそうです。曲は、ピコ太郎の10周年の企画の最後を飾るコラボです。

♪ 47都道府県 feat. 小林幸子/ピコ太郎

雑多な音に囲まれた子ども時代

小林さんの子どものころは、近くの映画館から流れる主題歌、学校の唱歌、お姉さんたちの洋楽、お父さんの浪曲、隣のお寺のお経と、いろいろな音に囲まれていたそうです。好きなものを頭の中で混ぜ合わせたものが独創性になる、という話に、古坂さんは、ありふれた特徴でもたくさん重ねるとその人らしくなる、とハッシュタグにたとえていました。

物づくりとミックスの話

子どものころから棒や鎧を作るのが好きだった古坂さんは、曲づくりもそれとあまり変わらない、と話します。曲の音のバランスを整えるときは、楽器の一番いい部分でも、歌とぶつかれば音を下げるそうです。

「いや、きっと全部が素晴らしい音を出してグチャッてなると、全体が負けちゃうんですよ。」(古坂さん)

小林さんも、作曲家の宮川泰さんが、自分の作ったアレンジを、歌にかぶるからと全部カットしてくれたことがうれしかった、と話していました。

47都道府県の曲から、新潟県と青森県

ピコ太郎の10周年で、47都道府県の曲を作り直したそうです。短い曲は5秒ほど。地元の青森は照れて短くしてしまったとか。小林さんのリクエストで、新潟県と青森県の曲を続けて流しました。

♪ 新潟県〜青森県(メドレー)/ピコ太郎【要確認】

新潟の曲は、架空の人気夕方番組のテーマ曲をイメージしたそうです。

アドリブと、ラジオのよさ

小林さんは、ジャズの歌手のアドリブにひかれたのがきっかけで、決められた小節の中で自由に歌うことに興味を持ったそうです。コラボ曲でも、古坂さんの急なお願いでアドリブを入れたとか。興奮して話せるのはラジオぐらい、という古坂さんに、小林さんも、ラジオっていいよね、と返していました。

エンディング

小林さんは10月6日からコンサートツアーを始めます。古坂さんは、ピコ太郎の88曲を毎月ミニアルバムで出し、それをまとめたオールベストを作る予定だそうです。最後は、2次会の話をしながら、國村隼さんの語りで締めくくられました。
続きのやりとりは、ぜひradikoのタイムフリーで聴いてみてください。

■ ひとことメモ
演歌の大御所とピコ太郎のプロデューサーという意外な組み合わせなのに、音楽への考え方がぴったり合っている2人の話がおもしろい回でした。
美空ひばりさんとの出会いや、ニコニコ動画でラスボスになった日の話は、小林さんの長い歴史と、今も新しいことに挑む姿勢の両方が感じられます。
コラボ曲や47都道府県の曲も流れるので、ピコ太郎ファンにもおすすめです。

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